Q.今回は、来月9月8日(日)に行われる大分研能会のお話を中心に伺います。
また、同じく来月の公演、大阪で行われる「座・WAKAZO」についても少しお聞きできたらと思います。
まず、大分研能会とは、どのような会なのでしょうか?
A.はい、会の成り立ちから遡ってお話したいと思います。
昭和40年代に武田家の能楽師で、大分在住の井本完二さんという方がいらっしゃいました。
その井本さんが東京で見られるような能楽師の舞台を大分でも見られるようにしたい、公演を作りたいということで、会は始まりました。
最初は確か別府研能会という名称だったと思うのですが、別府で(井本さんが別府の方だったため)プロだけで行う会、しかもメインは東京の能楽師、それも 武田家の人間がメインで行う会を40年以上前に発足され、それから毎年必ず会は行われていました。
形態は色々変わってきたのですが、5年ほど前から私たちのような若い世代が中心に行うことになりました。
井本さんが亡くなってもう15年くらい経つと思うのですが、その少し前くらいからは、私の伯父と父の二人がメインでやっていたんですね。
それから、だんだん新しく集客を考えなくてはいけなくなった時に、従兄弟の友志・文志の二人と私の三人がメインで企画する公演を始めることになりました。
大分研能会は、それまでは能を愛好されている方々、また、大分県内で謡の稽古をなさっている方々にお見せするだけで十分席が埋まるくらい、500席あったら500席が完全に埋まるくらいの会だったんですよ。
ところが、能・謡曲を愛好される方の人口は年々減ってきていて・・・東京くらいでしょうか、そんなに減少していないのは。
他の地域、特に九州だとか、地方都市に関しては非常に減ってきていて・・・。
能・謡曲を愛好される方々を増やしたいのはもとより、能を観ることからお教えできるようなスタイルの初心者向けの公演を行っていこうということになりました。
今回の番組立てですと、「千手」という能があり、「清水」という狂言、それから仕舞があって、素謡があります。普通難しいと思われる素謡がなぜ入っているかというと、謡曲を愛好されている方々が大分には大勢いらっしゃり、以前アンケートを取った際にやはり入れようということになりました。
逆に言うと、能の初心者の方にとっては、素謡というのは全く動きがなく謡だけですので、非常にご覧頂きにくいものかと思います。
そのために解説をしたり、テキストをお配りしたり、檜書店から発行している「対訳でたのしむ能」(謡の原文が書いてあり、下に現代訳が書いてあるもの)を販売したり、フォローを行っています。
お客様の人口というのはだんだん高齢化しており、2,3年前までは年々減っている感じだったのですが、去年くらいから少しずつ増加に転じているんです。これは、行ってきたことの効果が出たのかなと。1,2年でぱっと変わるものではありませんが、少しずつ状況を良くしていけたらと思っています。能・狂言・素謡・仕舞を揃えたスタンダードな番組立てで、能初心者の方から慣れている方まで楽しめる構成にしたいと考えています。
Q.今回、宗典さんは素謡・仕舞・お話(能の解説)・能の地謡をされますが、心意気をお聞かせください。
A.大分研能会は、従兄弟の友志・文志・私が1年ごとにシテを勤めていまして、去年私がシテをさせて頂き、今年は友志が勤めます。
シテをやらない年というのは実は大変で(笑)、ほぼフル稼働なんです。公演が始まるとマラソンのように走り続ける必要がありますので、体力勝負なんですよ(笑)。とてもやりがいがあるので、全てにおいて恙なく勤めたいと思いますし、楽しみにしています。
Q.今回の見どころは、やはり能「千手」でしょうか?
A.そうですね。実は、大分研能会で若手に代わってからとりあげてきた 演目というのは、比較的初心者の方にも分かりやすい演目が多かったんですが、「千手」は少し難しい部分もあるんです。少し静かな作品ではありますが、男女の別れがテーマになっている作品で、物語の面白さがありますし、また、「千手」はフルバージョンで上演すると少し長いのですが、今回郢曲之舞(えいぎょくのまい)という小書きがついて、一番良いところだけをピックアップして後は少し省略しますので、逆に見やすく、面白くご覧いただけるのではないかと思います。
ちなみに、シテを勤める友志にとっては初演の作品となります。
Q.色々な地域で公演をなさっていますが、大分で能を公演することの意義とは何でしょうか?
A.大分のお客様の傾向として、ずっと長く能 を観てこられた方々、年配の方が多くいらっしゃいますね。その方々は、とても温かい目で私たちを見て下さいます。とても有難いことですが、それに甘えているだけでは新しい人を取り込むことができないと私は思います。
地方都市はどこもそうですが、年代ごとの文化度の格差が非常にあります。若い方々にとっては、「能って何?」というくらいのレベルなんですよ。
それは、公演の回数も少ないですし、仕方ないことなのだろうなとは思うのですが、実は今度、大分に私の稽古場ができることになりました。
もともと福岡の行橋に稽古場を持っていたのですが、私が主催している行橋での謡サロンに最近若い人が増えてきたんですよ。ずっと前は、全員私より年上の方ということ が多かったのですが。やはり、地道に普及活動を続けていくと、若い方々へも浸透していくことになるのだなと思いましたし、能を観てみたいという方はもっとおられるのではないかと思いますので、稽古場ができたことをチャンスに更にお客様の層を広げていければと思います。
東京に比べると地方都市での公演回数は圧倒的に少ないし、能楽堂の数も少ないです。そもそも、大分に能楽堂があるということが凄いことなんですよ。というのは、常設の能舞台を置いているのは、九州では福岡・大分以外にはないんです。なので、大分はもともと能楽に対する熱が盛んな地域だったんですよね。せっかくの土地なので、盛り上げていきたいなとも思いますし、40年以上続く歴史のある 会なので、私たちの代で絶やすことのないよう努めたいと思っています。
Q.やはり宗典さんのシテを見てみたいと思いますが、次にご自身がシテをなさるのはいつでしょうか?
A.順調に行くと2年後です(笑)
Q.私は関東に住んでいますが・・・大分へ足を延ばしてまで行く魅力・アピールポイントはありますか?
A.私は大分県の観光大使でも何でもないのですけれども(笑)、あえて申し上げると、大分はやはり温泉が素晴らしいです。別府も湯布院もありますしね。
大分研能会は大体13時くらいから始まって、17時くらいに終演するパターンが多いので、前乗り・後残りなどして頂いて、のんびり温泉など楽しまれると良いのではないでしょうか。
食べ物も美味しい ですよ。海の幸・山の幸・野菜、全て美味しいです。ぜひ、旅行感覚でお越しください。
大分研能会を足掛かりとして、大分を楽しんで頂いたら素敵だなと思います。
Q.9月は、大阪の座・WAKAZOにも出演されますが、こちらはどのような会なのでしょうか。
A.大阪の若手シテ方の有志で、大阪の土地を盛り上げたいという心意気で集まった方々が行っている会です。
私も大阪に稽古場があるので、大阪の現状というのは分かるのですけれども、もしかしたら九州よりもっと大変かもしれないなというくらい、新しい人を取り込むのに苦戦している部分があるんですね。そういう意味では、大阪では一人でやっていくよりも何人かの若手たちでやっていこうと。東京には、私たちのやっている七 拾七年会というのがありますけれども、大阪で若手だけが集まって何かするというのは多分今までなかったと思います。
座・WAKAZO、今までは年1回の公演だったと思うのですが、今年から年に複数回行うようになったようです。今年だけでもう2回くらい公演をやっているのかな。一昨年、第2回のWAKAZOの時でしょうか、私はゲストで呼んで頂き、客演をしたんです。
普段なかなか交流を持てない若手の方たちと共演できるというのは、非常に刺激になりますから、とても有難いことでしたね。
また、私事ですが、私の大阪のお弟子さんたちは舞台を観に来るとなると、東京や、それこそ大分研能会まで足を運んで頂いたりしますので、大阪で舞台があるというととても喜んでくださって、「お友達を連れていきます」とか、色々な方が来てくださいますね。
今回は、能「龍虎」のツレ、前ツレ・後ツレ、両方勤めさせて頂きます。とても遣り甲斐を感じていますよ。シテは、山中雅志さんという同い年の方がなさいます。とても面白い方なので、非常に見どころのある舞台になるのではないでしょうか。
ちなみに今回の公演の会場は、大阪の梅田からも徒歩圏内の「大阪能楽会館」というところになります。
Q.東京の七拾七年会と、大阪の座・WAKAZOでは、何か違いを感じられましたか?
A.そうですね、七拾七年会の場合は、シテ方・囃子方・狂言方がいますが、WAKAZOの場合は、メンバーがシテ方だけなんです。シテ方だけで運営しているので、そのへんは違うんじゃないかな。
例えば、能の番組を決める際、七拾七年会もWAKAZOも初心者の方に観て頂きたい演目を選ぶというのは一緒なんですが、七拾七年会ですとお囃子方や狂言方も一緒にどういう演目をやろうか話すので、必ずしもシテ方主導で作品が決まるとは限らないんですね。
WAKAZOのほうはシテ方の皆さんで集まって決められると思うので、そこは違いがあるんじゃないかと思います。見比べて頂くと面白いのではないでしょうか。
Q.9月の公演に向けて、意気 込みをお願いいたします。
A.東京の七拾七年会、大阪の座・WAKAZO、そして大分研能会、これらは全て自主興業です。
例えば、東京の能楽師が大分へ行く、というのは大変なことが色々あるのですが、それでも出来るのは支えて下さる方々がいらっしゃるからです。先ほど申し上げた大分県内で謡曲を愛好されている方たちであったり、そうした方々がスタッフ運営など、本当に多くの助けになって下さいます。
その方々の力がなくては、大分研能会は継続できなかったでしょう。
とにかくその方々が支えて下さっているうちに会の根本ができればと強く思います。本当に有難いことなので。ぜひ、旅行がてらでもいらして頂けたらと思います。今年の9月は地方が熱いです(笑)
Q.公演についてのお話、ありがとうございました!私も大分や大阪へ足を運びたくなりました・・・!
それでは、公演以外の事柄についても、お話を聞かせてください。今年はとても暑い夏ですが、宗典さんの夏休みはいかがでしたか?
A.夏休みというものはありません(笑)本当にないです(笑)強いて言うと、あまり仕事のない日が2日間あったので、その日のことをお話しましょうか(笑)
1日目は、家の掃除をしました。あとは、家で事務仕事や稽古をしていました。
2日目は、なぜか突然朝早く目が覚めてしまって、早朝から仕事をしたり買い物をしたりして、昼頃家に戻ってきたらすごく眠くなったんですよ。
そこで寝たら、夕方まで眠ってしまいました(笑)やはり暑いので、夜しっかり眠れていないのかもしれませんね。その昼寝も完全に寝ていたというよりは、途中途中で仕事のメールなんかを返しているんですよ(笑)だから仕事しつつ寝てたみたいな(笑)
まあ、まとまった休みを取っても、仕事があったら集中して休めない性質なので、いつか、きちんと決めて休みを取りたいと思います。
Q.ああ神様、宗典さんに心からのお休みをお与えください・・・そんな宗典さんの夏の風物詩は何でしょうか?
A.毎年夏に横浜能楽堂で親子能楽ワンダーランドという催しを行っているのですが、その時に横浜の中華街へ行って食事をする、というのが夏の風物詩かなぁ(笑)
お子さんたちにレクチャーしたり、とっても楽しい時間を過ごせますし。
後は何といっても、 年に1回行っている虫干しですね。今年は武田家のほか観世宗家の虫干しもあったので、そちらも手伝いに行ったりしました。
そんなわけで、私の夏の風物詩は中華街と虫干しです。なんか淋しい感じですね・・・(笑)
さすが働き者の宗典さん。どうかお身体にお気を付け下さい・・・。
今回も興味深いお話をどうもありがとうございました。9月の熱き公演、素晴らしいものになることでしょう。
(インタビュアー:島の千歳)